発達障がいを生きる<生きづらさを生きやすさに替える>

”発達障がいは治らない、一生ついて回るから障害なのだ”。これは魔法の言葉。わたしの心をがんじがらめに縛り付ける鎖のような言葉です。半分は真実かもしれません。

少なくとも昨年のわたしは本当にこう思っていました。だからこそ周囲が、わたしに合わせるべきなのだ、わたしを理解する事が健常者の責任かつ義務だ、こんな事も思っていたし、周囲にも堂々と疑いもなく主張してきました。実際できない事や気づかない事は多いですし、何度言われても改善できそうにないと感じていました。このわたしを理解しない世の中はどこか狂っているとも思いました。

だけど、主張しながら、どこかで空虚感やわびしさも痛切に感じていました。やっぱりひとりぽっちは寂しい。現実、世の中は大勢の不特定多数の人間に支配されています。だったらその中で、少しでも自分が安心して生きていける環境を自分なりに整えていく事も必要かもしれないと考えるようになりました。

で、障害を帳消しにはできないかもしれないけれど、不自由を感じないで、自分が居心地良く過ごすための工夫はできるかもしれないとも思い、様々な工夫をしました。

その結果見えてきたもの。それは周囲の人の暖かさであり、わたしを巡って右往左往しながら、真剣に向き合おうとする不特定多数の人々の姿でした。

その背後にある大きな力。

わたしは長い間、この大きな力に支えられ守られながら生きてきた、ほんとに小さくて弱々しい存在だったという事実。

わたしにはADHDがあります。この特性こそが生きづらさの根源だったわけでして、これさえ無かったら生き方はもうちょっと違っていたかもしれません。

逆に別の角度から眺めると、自分がやりたいことや果たせないでいる夢を形にする早道かもしれないとも思いました。

意外と悪くないかもしれない、この私・・・。

いっその事、ADHDをフル活用してやりたいことを全部やっちゃおうか・・・。

そう思ったら、今まで重たくてどうしようもないと思っていた事が、たいした事ないと思えるようになりました。

同時に、あれだけしんどかった人とのコミュニケーションが不思議なほどするすると流れるようになっていきました。

もはや他人との会話は恐怖ではなく、楽しいものと感じる事ができます。

わたしに必要なのは、鎖にどうしようもない”自分”という野獣をつなぎ止めておく事ではなく、解放する事でした。

それがわかった時から、様々な事が回り出しました。

環境とは実にすごいものです。

環境がしっかり整備されていけば、生きづらさの中で今も苦しみもがいている人たちの多くが、自由を勝ち取れるかもしれないのです。

さすがにこれを完全にするには、途方もない時間とエネルギーを要するかもしれませんが、とりあえずの現実を生き抜くだけなら、今すぐにでも開始可能です。

それに気づいたので、現在様々な工夫を実験中です。

わたしでうまくいった事が他の人にも100%適応できる約束はできませんが、工夫の1つの形として参考にする事はできるかもしれません。

 

その1つ1つを少ずつですが、必要な人と共有できたらと願っています。

 

※あなたが日頃行っている工夫を教えてください。

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