【虐待といじめの体験が今のわたしを支えていますーその後】

 
ちょっと終え方が中途半端だったので・・・。
 
わたしが16歳で聖書と出会って180度人生が変わった・・・これをもう少し詳しく書きます。
 
正確に言うと、”出会わされた”のです。
 
これも「神さまありがとう」に書かせていただいたことですが、父は見栄のために、わたしを茨城キリスト教高校に入れました。
女子の名門と言われていた学校で、いいとこの”ぼんぼん”や”お嬢”がたくさん集まってくる学校でしたから。
 
初めての聖書をぽんといきなりわたされた時は、ものめずらしさもあって1ページを開いてみました。”天使”、”悪魔”といった言葉が飛び出した時に、思わず吹き出しました。
 
だけどその一年後にわたしはクリスチャンとなりました。それからはどっぷりと神さま三昧の生活を好まず・好むを問わず歩かされました。
 
大学は、受験した学校がことごとく落ちて、最後に残ったのが同学園内も大学だけだったから、そのままキリスト大学4年制に入学。
 
さらに就職する時も、面接がことごとく落ちて、最後に残ったのがキリスト系企業でした。しかもホーリネス系列。
 
最初に連れて行ってもらった教会がホーリネス教団の教会でしたが、他の教団の学校はわからなかったのです。
 
一年で解雇されて次に紹介されたのが共働学舎。ここもキリスト教教育を基本にした場所でしたから、聖書を毎朝みんなで読んでお祈りはしていました。いきなり北海道へ飛ばされて3年過ごしてから信州小谷村へ。
 
創設された宮嶋親方は、日本キリスト教団のひばりヶ丘にある教会会員さんだったらしいです。
 
教会には行っていなかったので、かなり聖書の真理からは外れていたと思いますが、そこで新たな学びをする事になりました。
 
動物を”家族”と呼び、いつも動物や自然と寄り添いあいながらの生活でしたから、”動物は動くおもちゃ”と覚えていたわたしにはものすごく自然で・・・。
 
動物の出産にも参加。初めて触った豚や牛の体がとても暖かいと思いました。
 
手の平から動物の命が伝わってくるようでした。
 
”農業は人を育てるのと同じ。過保護でも冷たすぎてもだめ。”
”種を蒔いて実のった実は、1つは空の鳥へ。1つは動物へ。1つは虫へ、1つは人間へ・・・”
 
”わたしたちの教会の天井は空。床は大地。労働は祈りの部屋、メンバーはみな家族。みんな1つの命”
 
こうやって、1つ1つ0から”人間の作り直し”を体験して、20年過ぎた頃、供働学舎を卒業して、もう一度街へ戻りたいと思いました。
 
心の底から突き動かされる何かに押されるように、塩尻に住み始めました。
 
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